嵐の中でも
揺るがない平安

嵐の中でも安らぐ小鳥の絵

 ある絵画のコンテストで、「平安」をテーマに絵が募集されました。その時、最優秀作品に選ばれたのは、一見すると平安には程遠い絵でした。荒れ狂う水が岩の断崖を滝のように落ちています。しかも、猛烈な雨風の中、大きな黒雲が閃く稲妻を発しています。
 ところが、その絵の真ん中あたりに、岩の裂け目に避け所を見つけた小さな鳥がいました。周囲の大混乱のただ中で、安全で、満ち足り、落ち着いて休息していたのです。
 本当の平安は、どんな問題の最中でも揺るがないものです。あなたは、このような平安を持っておられますか。

なぜ不安になるのか

 突きつめて言えば、不安の根本原因は、死の恐怖です。
 事件や事故、病気や災害に直面したとき不安になるのは、それらが、死を意識させるからです。死ぬことがなければ、不安になる必要はありません。
 死は人生最大の問題です。死の前では、その他の問題は小さなことです。死後に自分がどこに行くのかを正しく知り、この最大の問題を解決しなければ本当の平安はありません。

なぜ死が恐ろしいのか

 聖書は、この世界のすべてのものをお造りになった神様が実在されることを教えています。神様こそ、あなたに命を与えてくださった命の生みの親であり、毎日生きるために必要なすべての恵みを与えてくださっている育ての親です。
 しかし人は、この神様の権威を認めず自分勝手に生きています。これは深刻な罪です。
 正しい神様は、必ず罪をお裁きになります。その裁きとは、死後の永遠の地獄の刑罰です。

「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」

(新約聖書 ヘブル人への手紙9章27節)

すべての人が、心の中ではこの事実を知っています。それが死の恐怖の原因です。死を恐れるのは、その先にある罪の刑罰を恐れているのです。そのために、神様から離れて生きている人の心には、平安がないのです。
 しかし死に対する恐怖や不安は、私たちへの警告のために与えられています。その警告は、私たちが神様の救いを求めるためです。ちょうど、病気が悪化する前に体の不調を感じるのと同じです。体調不良は嬉しいものではありませんが、それがあるために病気に気づき、手遅れになる前に治療することができます。
 神様は、あなたの罪をゆるして地獄から救いたいと願い、すでに素晴らしい救いを用意してくださっています。ぜひこの救いを求めてください。

神様のくださる本当の平安

 神様は、私たちを救うために、ご自分のひとり子をこの世に遣わしてくださいました。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

(新約聖書 ヨハネの福音書3章16節)

 この神のひとり子こそイエス・キリスト様です。イエス様は私たちが犯したすべての罪を背負い、十字架の上で私たちの身代わりとなって血を流し、罪に対する神様の刑罰を受けてくださいました。
 さらに死後3日目によみがえられました。そして40日にわたり、500人以上の人々の前に現れて、ご自分が神の御子であり、唯一の救い主であることを明らかにされました。
 神様は、イエス様をさばくことで、私たちの罪の刑罰を終わらせてくださいました。このイエス様こそ、私たちのために用意された唯一の絶対に安全な避け所です。神様は、イエス様を自分の救い主として信じ受け入れるすべての人の罪をゆるし、救ってくださいます。さらに永遠のいのちを与えて必ず天国へ迎えてくださいます。
 天国に行けるという確かな救いを得た人にとっては、死でさえも解決済みの小さな問題となります。そして、あの小鳥のように、人生の中でどんなに大きな問題があっても揺るがない本当の平安を持つことができます。
 あなたもこの平安を持つ方となられますように。

「わたし(イエス・キリスト)はあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。」

(新約聖書 ヨハネの福音書14章27節)